唯一の愛読雑誌、休刊

カテゴリー: MMA・他・格闘技, ライフ

「Kamipro」(株式会社エンターブレイン)が廃刊になった。ここ最近の中では最も悲しいニュースだ。個人的に。

僕が日本から毎週(毎月)取り寄せている雑誌は「Newsweek日本版」と、そしてこの世間とプロレスする、というコンセプトで作られた月間誌「Kamipro」だけだった。「Kamipro」は厳密に言えば雑誌コードでなくムック扱いだったため、定期購読が出来ず、毎回「インターネットで間違いなく今回も発刊されました」と確認してからでないとこっちの紀伊国屋はオーダーをとってくれないので、日本の読者よりかなり遅れて読むことになっていた。それでもニュース性を求める本ではないので全然かまわなかった。(今はなき旭屋書店NY店は店長の計らいで店長が自腹で買って、その店長から個人的に買い取るという形をとってもらい、今よりも早く読むことが出来た。お世話になりました飯塚店長)

本当に毎月毎月楽しみで、僕は読書が趣味なのだが、ひょっとするとこの「Kamipro」を読んでいる間は直木賞受賞作を読んでいる時と変わらない興奮を覚えていた気がする。つまり毎月、毎月、年一回のはずの直木賞受賞作を読んでいるようなものだった。

では、誰にとっても直木賞作品と同等に面白いものなのかと言うと、少々勝手なことを書かせてもらうとするならば「少年期からプロレスというものを生活の一部にしていた、僕と同世代の男達限定」と言わざるおえない。僕達プロレスファンは10年以上、周囲に「プロレスって八百長でしょう」と言われ続けてきた。それに耐えてきたご褒美と言ってもいい。あのときのあんな伝説を、あんな逸話を、僕と同世代の編集者達が晩年のレスラー、当事者にインタビューする。時には当時夢中になっていた格闘漫画の作者に。時には格闘技の解説者として欠かせない出所したばかりの田代まさしに。亀田興穀からタイガージェットシンまで。今の格闘技の裏教科書として「考えさせられる」紙媒体としてさまざまなインタビューを読ませてもらってきた。普通、読み終わった雑誌は捨てるけれど、「Kamipro」だけは積み上げて捨てられず、妻から白い目で見られていた。

そんな「Kamipro」が時代の流れに漏れず、紙媒体の宿命か、3月号で突如、廃刊を発表。情報電子時代を今更ながら実感させられる結果となった。

アメリカで開催される格闘技イベントでは日本から渡米してきた編集スタッフの方々にお会いする機会も多かった。以前、「Kamipro」で働いていた編集デザイナーの女の子が渡米してきて新入社員として僕の部下になったことがある。彼女にKamipro編集部に憧れていると言う。「でも社長、あそこただの素人童貞の集団ですよ」と言われても、僕にとってはギリシャ神話の神々と同じくらい神々しいメンバーだった。

毎月の楽しみがひとつ減ってしまった。