新日本プロレスNY記者会見

カテゴリー: MMA・他・格闘技

昨日、JAA日系人会において、来月13、14、15日と3日間行われる、新日本プロレスとしては初の米国大会ツアー「NJPW INVASION TOUR 2011」の記者会見が実行委員長、タイガー服部(!)氏により行われた。

記者会見といっても、日系新聞社が5社来ただけの小さなものだった。その中で事前に服部さんに連絡をとり、記者会見後のインタビューの依頼をするなど、僕1人だけがコーフンして、浮き足立っていた。少し恥ずかしかった。(だって、タイガー服部である!)

7歳から(初代タイガーマスクデビューから)27歳まで(武藤敬司、退団まで)20年間ずっと新日本プロレスのファンだった。ここ10年はPRIDE(総合格闘技)の出現とともにすっかりファンではなくなっていたが、僕の青春時代はレフリーのタイガー服部さんが裁く試合とともにあった。5歳離れた兄の時代はミスター高橋さんであり、もう少し上の世代は(新日ではないけれど)ジョー樋口さんなのだと思う。

服部さんがニューヨークにお住まいだということは、僕がこちらに来る前から知っていた。いや、下手すると高校の頃からプロレス雑誌を通じて知っていたかもしれない。狭いNYの日系社会、多くの知人が服部さんとも知り合いで何度か紹介していただこう、と思っていたところ、逆にこちらにお住まいということでいつでもチャンスはあるだろうとそのままになっていた。その矢先の記者会見だった。お会いするのは今回が始めて。

記者会見が終わり、2人っきりで(カメラマンを置いてきぼりで)2時間弱時間を取っていただいた(笑)完全に仕事を忘れ、ただのプロレスファンになり、「あのときのこんな話、あんな話」をじっくり聞かせていただいた。完全なオフレコだ。服部さんは嫌な顔ひとつせず、むしろ「こんな話がわかる人は初めてだ」と嬉しそうに笑ってくれた。僕も調子に乗ってプロレス業界用語で話をしていた。(帰り道、同行したスタッフの女の子に「ショッパイけど、トンパチだから、シュートを仕掛ける、ってどうゆう意味ですか?」とか聞かれる)

「35年のレフリー生活の中、新日本プロレス歴代最高のファイターは誰ですか?」と質問してみた時。アントニオ猪木、前田日明、武藤敬司、棚橋弘至と歴代最高と言われた選手は色々いますが、、、と聞いたところ、被せるように服部さんは、「 長州だね 」、と言い切った。「いろいろいたけど、バックボーンも含め光雄(本名)は生まれながらにしてのプロレスラーだったと思うよ」と答えられた。鳥肌が立った。(帰り道、先ほどのスタッフに「長州って小力のこことじゃないですよね?」って聞かれたけど。リキ・ラリアットしてやろうかと本気で思ったけど)

新日本からジャパン、全日本、WJから再び新日本と、この35年、あらゆる名勝負を裁いてきた男。その中にはイラクや北朝鮮でのイベントも含まれ、僕達の知っているほとんどの外国人ファイターをブッキングし、ファンの中では「実はケンカ最強説」を唱えられてきた男は、今回ただの一度も“自慢話”を口にしなかった。長年の激闘の蓄積から最近ヘルニアが発生し、体はもうボロボロ、「いやぁ俺みたいなジジイはもうダメよ」と自虐的に笑う。本当に魅力的な男だった。こんな楽しい取材はなかった。

このNY大会を見届け後、手術をする。そして今年で引退をするつもりだ、と話された。

その服部さんが、何か残したい、と最後に企画したのがこのNY大会だった。自分を拾ってくれたNYに恩返しして、被災者に向けて元気を送りたい、と。

今の新日本は僕個人で言うと10年のブランクがあり、獣神サンダーライガー以外、当時知っていた選手はもういない。でも、服部さんを見るだけでも会場に足を運ぶ価値があると思った。

インタビューの途中、敬語からタメ口に変わられた。それがなにより嬉しかった。

関連サイト:
www.njpw.co.jp/
www.njpw.co.jp/news/detail.php?nid=5193